後藤勇太(ごとうゆうた)カンボジアのソク孤児院で父親と先生!きっかけは?収入はペンションとアクセサリー?結婚は?世界なぜそこに?日本人




世界ナゼそこに?日本人にカンボジアで私財を投げうち

孤児院を運営している後藤勇太さんが出演されました。

孤児院を25歳から営み親がいなかったり、虐待されて居場所のない子供達を救い

父親の代わり 学校の先生としても活動されています。

彼は何故カンボジアにいるのでしょうか?

今日は後藤勇太さんについて調べてみました。

後藤雄太さんがカンボジアにいるきっかけ

引用:https://tsunagu-youme.com/#me

名前 後藤勇太 ごとうゆうた

年齢 31

出身 愛知県みよし市

生年月日 1986年?月?日

9歳の時に両親が離婚

みんなお父さんといるのになぜぼくだけ?

と悩みながら子供時代を過ごされていました。

そんな中唯一笑えた瞬間がサッカーをしている時でした。

サッカーは唯一父親に褒められた記憶があり、

唯一父親の面影を感じられたのがサッカーでした。

プロサッカー選手になればお父さんに会えるかもと練習に励んでいたのですが、

突然サッカーの試合中に全治2年椎間板ヘルニアなってしまいます。

無理をすると歩けなくなってしまうかもしれない

やむなくサッカーを辞めるしかありませんでした。

リハビリの毎日で絶望の日々の中

ある時

フィリピンの柄ゴミ山

シモーキーマウンテンに暮らす人の番組をみて衝撃をうけます。

過酷な状況の子供達に勇太さんは生きる勇気をもらいました。

あまりにも残酷な光景が頭からはなれず

自分の目で確かめたくなり、

25歳のときフィリピンに飛びました。

実際にフィリピンのゴミ山を見に行き、

あまりのすごい匂いで体調を崩してしまいました。

その時1人の少女が勇太さんを心配し、声をかけてくれます。

それがきっかけでその少女とは家族ぐるみで仲良くなり、

ゴミ山で行きていく方法や現地の遊び方などたくさんの事を教えてもらいます。

しかし突然、彼女は亡くなってしまいます。

原因はゴミ山から落ちた時に怪我をしたことが原因で起こってしまった破傷風。

彼女の家は貧しく、

治療も出来ずに亡くなってしまったんだと彼女の両親から聞かされます。

勇太さんは日本に帰国してからも

その時のショックがなかなか消えませんでした。

ある時それを見かねた友人から

「気晴らしにカンボジアに旅行にいかないか?」と誘われます。

そして勇太さんはカンボジアに飛びました。

カンボジアにも似たようなゴミ山があり、貧困の人々が沢山いて、

フィリピンの記憶と被るものがありました。

すると、いきなり現地の子供達が助けを求めてきました。

ただ事ではないと付いていくと、その先にあったのは孤児院

たくさんの団体の支援があった孤児院も気づけばスポンサーがいなくなり、

資金がなくなりどうしようもなく孤児院を運営することができなくなり、

子供達が行き場を失ってしまっていました。

その時勇太さんは

その時自分の力で孤児院をなんとかしようと思ったらしいです。

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孤児院の運営はどうしているのか?

残されたのは建物だけ

勇太さんは自腹でペンションを購入し、

ペンションを運営して日々の食事代など資金を作っているそうです。

子供達のお米台は日本円で5万くらいかかり、

野菜代は10万くらいかかり、食事代だけでもなんと20万くらいかかるそうです!!

ペンションの他にも子供達とアクセサリーをつくり、

それを市場で売って運営しているらしいです。

子供達にも働かないと生きていけない事を一緒にアクセサリーを作りながら

教えているんだとか!

確かにいい教育の仕方だと思います。

関連記事はこちら↓

松永晴子は(NPO法人)国境なき子供達KnKとは?15歳の壁をなくすために。結婚や給料は?どんな仕事なのか?情熱大陸

後藤勇太さんの1日の過ごし方は?

後藤勇太さんの1日は

朝の四時から始まります。

まず、子供達の朝ごはん作り!

この日のメニューは焼き飯

日本の醤油が隠し味です!

みんなこの味を気に入ってくれているらしいです!

ごはんを作っていると手伝ってくれる子供達もいました。

ごはんを作り終わるといつもギリギリに起きてくる子供に急いで支度をさせ、

5人乗りぐらいでバイクで学校まで送ります。

向こうはバイクの乗る人数も制限がないんですね。笑

カンボジアの学校は遅刻をすると木の棒でバシバシ叩かれるらしく、

勇太さんも必死で支度を手伝い、バイクを飛ばしていました。

学校へ送った後は、

35人分の食器洗いに施設の掃除もすまします。

その後は40℃こ炎天下の中スコップで作業します。

トイレをつくっているらしいです。

なんでも、1つのトイレを共有したために子供達の半分以上が、

ノロウイルスに感染してしまったらしく、勇太さんは必死に作業していました。

毎日5時間の肉体労働に加え、家事や教育やペンションの運営。

休む暇がありませんね!本当にすごいです!

寄付に頼らず

学校の先生としても父親がわりとしても

孤児院の子供達と勇太さんは日々必死に向き合っています。

そんな子供達の思いを一番知っているのは子供達です。

引用:https://tsunagu-youme.com/#me

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後藤勇太さんは結婚しているのか?

なんと!この激務の中勇太さんはご結婚されているようで、

しかも2ヶ月の子供がいるそうです。

妻子を残し、1人でカンボジアで仕事をしています。

強くて優しい勇太さんが好きだから奥さんも応援してくれてるらしいです。

奥さまは相当な理解者ですね!

番組中も仲よさそうに電話をしていました。

まとめ

カンボジアやフィリピンにはまだまだ貧困の子供達が沢山います。

そんな子供達を優しく家族として支える後藤勇太さんの暖かさ、

子供達の暖かさに胸を打たれました。

後藤勇太さんの心から子供達に幸せになって欲しい。

という気持ちがすごく伝わってきました。

涙を流す場面も沢山あり、つられて何回も泣きそうになりました。

今後も彼の活動や子供達を応援したいと思います。

ご覧頂きましてありがとうございました。

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